チームのよさがみえる会議

「自然に心を開きあうことができて、心の深いところと深いところでつながり合える」 それが自然に起こる場を。 ともに何かを創ろうとするチーム・組織の中にこそそんなつながりに満ちた関係性を。 そう願うチィ&いほこのブログです。

どの範囲に心が動くのかは、ひとによって違うと思う。

こんにちは、チィです。

以前、Twitterでこんなことをつぶやきました。
(そうなのですよ、Twitterやってたのですよ)

今日は、この自分をあらためて実感した話です。



その彼を通して支援したい。

さて。
熊本は大きな余震が続いていますね。
とても怖いだろうなぁ、と胸がギューッとなります。
早く収まりますように。

数日前から、今わたしに何ができるかな、と考えていました。
熊本のことが気になりながらも、SNSでさまざまな情報や支援の呼びかけを目にしながらも、何もできずにいました。

そんなところに、昨日、ある知人が支援に向けて動いていることを知りました。
彼の想い、そして想いだけではなく力強い行動をしていることがありありと伝わってきました。

わたしは、その彼を通して九州を支援したい。
そう思いました。
彼が被災者の方に届ける愛がイメージされたのです。
彼に託せることを嬉しく思いながら、少額だけれど支援金を振り込みました。
それはもう、衝動的な行動でした。


この自分の心の動きを、後からしげしげと眺めてみたのです。



想いや熱意をそのままみたい。

わたしの心が動くとき。
そして行動が引き出されるとき。
それは、顔のみえる人の想いがみえたとき、なのです。
直接知っている人かどうかは関係ない。目に見える範囲のことだと「感じられる」かどうか。

このとき、「目に見える範囲の自分事だと捉える『べき』だ!」というニュアンスが、ほんの少しでも感じられたら、もうダメなのです、わたし。
誰かの発信にそれが入っているように感じたときも。
わたしの中に「そうする『べき』なんじゃないか?」が生まれてるときも。
シューッと気持ちが冷めてしまう。
(めんどくさい人かもしれませんね…汗)

でも、ただまっすぐにその人の想いや熱意を感じたら、わたしはとても心が近くに引き寄せられて、行動をすぐに起こしたり、そこに結構なエネルギーを投入したりする。
わたし自身、そのときのわたしが好きだし、行動もエネルギーの流れも起きるわけで 誰かに役立つ可能性も高くなる。


自然に世界的な視点を持っていたり、目に見える範囲よりも広く大きく良い影響を生み出すことを意識していたりする人もいる。
今回、熊本の支援の行動をしている知人もそういう人です。
(それも、使命感と愛に溢れる、とても大きな器の。)

わたしは、そうではない。
そして、このままでいい。

わたしがしたらいいことは、人の想いや熱意にいかに心を開くかということ。
『べき』を心に住まわせずに、壮大な視野がないことへの劣等感に支配されずに、ということかな。
これは、わたし自身のために。

そして、人の想いや熱意がそのままみえる場をつくること。
視点の違い、どんなときに心が動いて力を発揮するのかの違いが そのまま尊重される場。
そして、それぞれがより自然に力を発揮することを引き出す場。

やっぱり、それを、したいのだ。
ひとの力が合わさり、足し算でなく掛け算が起こるために。

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